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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)185号 判決

大阪市北区堂島浜一丁目2番6号

原告

旭化成工業株式会社

代表者代表取締役

弓倉礼一

高知県吾川郡春野町弘岡上648番地

原告

ニツポン高度紙工業株式会社

代表者代表取締役

関裕司

両名訴訟代理人弁理士

佐藤辰男

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

指定代理人

新延和久

奥村寿一

土屋良弘

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告ら

特許庁が、平成4年審判第7008号事件について、平成5年9月2日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告らは、昭和60年9月17日、名称を「フレキシブル配線板」とする発明(以下「本願発明」という。)につき共同して特許出願をし(特願昭60-203551号)、同出願は平成2年12月14日に出願公告がされた(特公平2-60233号)が、これに対し、異議申立てがされ、平成4年2月7日に拒絶査定がされたので、同年4月28日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第7008号事件として審理したうえ、平成5年9月2日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年10月6日、原告らに送達された。

2  本願発明の要旨

単層の金属導体層から形成され少なくとも一端部には電気的接続のための端子部を有する配線パターンを有し、該配線パターンはその表裏両面をそれぞれの端子部の部分を除いてパターンコートによって直接被着されたポリイミド系樹脂塗膜層で保持被覆されていることを特徴とするフレキシブル配線板。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、出願当時公知の文献であった特開昭52-156395号公報(以下「第1引用例」といい、そこに記載された発明を「第1引用例発明」という。)、特開昭49-51559号公報(以下「第2引用例」といい、そこに記載された発明を「第2引用例発明」という。)及び特公昭46-39808号公報(以下「第3引用例」といい、そこに記載された発明を「第3引用例発明」という。)の各記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたもので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告ら主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨、各引用例の記載事項の認定は、第1引用例の「フイルム42、44はポリイミドからなり」と認定した部分を争い、その余はいずれも認める。

本願発明と第1引用例発明の一致点の認定について、両者が、「単層の金属導体層から形成され少なくとも一端部には電気的接続のための端子部を有する配線パターンを有し、該配線パターンはその表裏両面をそれぞれの端子部の部分を除いてポリイミド系樹脂層で保持・・・されている」(審決書6頁13~17行)点で一致することは認めるが、両者は「フレキシブル配線板」である点で一致するとの認定(同6頁17~18行)は争う。相違点の認定は認める。

審決は、第1引用例発明のジャンパケーブルは本願発明のフレキシブル配線板に相当すると誤認し(取消事由1)、相違点の判断につき、第1引用例発明のフレキシブル配線板に公知のパターンコーティング技術を利用してパターンコートによるポリイミド系樹脂塗膜を形成することは容易であると誤って判断し(取消事由2)、その結果誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(一致点の誤認)

フレキシブル配線板(FC)とは、柔軟な絶縁基板(ベースフイルム)上に回路パターンが形成され、その表面にカバーレイで被覆して構成されているものをいい、回路パターンはプリント部品や搭載部品に接着される(甲第6、第7号証)。

本願発明は、このフレキシブル配線板の改良に係るものであり、回路パターンを構成する金属導体層の表裏両面をポリイミド系樹脂によって直接被覆したため、ベースフイルムが存在しないという特徴があり、また、金属導体層の表裏両面をスクリーン印刷をもってパターンコートしたことにより、両面に必要とする搭載部品を装着可能とした部位(ランド)が設けられている。

これに対し、審決がフレキシブル配線板であるとした第1引用例発明のジャンパケーブルとは、一般に、回路内の二点間又は端子間の接続や、遮断個所に側路を設けるために使われている短い撚り線をいい(甲第11号証)、第1引用例発明においては、複数本の導線を平行に並べ、それを柔軟な絶縁フイルムの間に積層して平板状の形状としたものであり、その端子を堅牢な金属板で形成し、その端子を配線板に直接組立て又は接続可能とした点に特徴がある(甲第3号証9欄6~8行、11欄5~6行)。

このように、第1引用例発明のジャンパケーブルは、二枚の絶縁フイルムの間に導線が平行線として積層されているというにすぎないから、ジャンパケーブルは配線板を相互に接続するものにすぎないのであって、その中間に電気部品を装着することはありえない。したがって、上記ジャンパケーブルは、必要な部品を装着することを前提にしている配線板とは異なるものである。

したがって、第1引用例発明のジャンパケーブルは、ケーブルの一種であって、配線板ではないと解すべきものであるにもかかわらず、審決は、このジャンパケーブルを本願発明のフレキシブル配線板に相当するものと誤認したものである。

2  取消事由2(相違点の判断の誤り)

(1)  第1引用例発明の金属導線を被覆するフイルムについて、第1引用例(甲第3号証)には、「フイルム42、44の一方又は両方が既知の流し込みにより導線上に形成される。」(同13欄15~16行)との記載があるが、ここにいう「既知の流し込み」とはどのような技術を意味するのかは、それに関する説明がなされていないので明確ではない。

これを既知の方法である注形法であると解する場合、ポリイミド樹脂は、第2引用例(甲第4号証)に記載されているように溶液の形で用いられ、加熱して硬化される樹脂であるから、溶媒が蒸発しガスなどの副生物が発生する。電子部品の注形材料としてはガスなどの副生物が生じないことが特に必要な性質であり(「電子材料および部品」・甲第9号証161頁6行)、ジャンパケーブルにあってはフイルム間に気泡等が存在してはならないから、そのフイルム材料は、ガスなどの副生物が発生するポリイミドであると解することはできない。

一方、上記「流し込み」を流延法と解する場合、ポリイミドフイルムを流延法で製造するには、ポリイミドは融点が極めて高いためそれを溶融してフイルムとすることはできず、一般的にはポリイミドの前駆体であるポリアミド酸の溶液の形で流延してフイルムを形成し(甲第16号証「プラスチック事典」618~619頁、甲第10号証「同」877~879頁)、流延した後加熱して溶媒を除去し、さらに加熱を続けてポリアミド酸をポリイミドに変換する必要があるのであって、ジャンパケーブルの導線上に、これを直接形成することは困難である。

いずれにしても、第1引用例の上記「フイルム42、44の一方又は両方が既知の流し込みにより導線上に形成される」との記載は、フイルムの形成手段を単に説明したもので、第1引用例は、導体の表裏ともにあらかじめ形成されたフイルムを積層して被覆する方法を開示しているにすぎない。

(2)  審決認定の「フレキシブルな印刷配線板において、耐熱性を向上させるため、接着剤を用いることなしにポリイミド系樹脂をパターンに塗って塗膜を形成被着させることは第2引用例で公知であり、また、端子部以外の部分に塗膜を形成する手段としてスクリーン印刷のようなパターンコーテイングは第3引用例にみられるように公知の技術である」(審決書7頁5~11行)との点は認めるが、審決が、このことから、「第1引用例記載のフレキシブル配線板において、配線パターンの端子部を除く中央部にポリイミド系樹脂を被覆するにあたり、前記公知のパターンコーテイング技術を利用してパターンコートによるポリイミド系樹脂塗膜を形成することは当業者が容易に想到しうるものと認められる。」(同頁12~17行)と判断したことは、誤りである。

第2引用例(甲第4号証)の記載を検討すると、第2引用例発明の配線用基板を加工してプリント配線板とするには、基板上に回路パターンを形成し、それを従来技術で採用されている方法に従って被覆すると解するのが妥当である。そして、第2引用例発明の配線用基板のポリアミドイミド樹脂は絶縁基板すなわちベースフイルムに相当し、回路パターンの被覆すなわちカバーレイに相当するものではない。したがって、第2引用例にはポリイミド系樹脂をパターンに塗って塗膜を形成被着することは記載されていない。

また、第3引用例発明は、片面フレキシブル配線板の製造に当たり、スクリーン印刷によってパターンコーティングして回路パターンを被覆しているから、このフレキシブル配線板はベースフイルムを有し、その片面のみに回路パターンが形成され、それにカバーレイが施されているのである。すなわち、本願発明のような、ベースフイルムを用いることなく表裏両面に部品を装着できるようにしたフレキシブル配線板は記載されていない。

また、前述したとおり、第1引用例発明は、ジャンパケーブルに関するものであり、ジャンパケーブルは、両端の端子部の中間、具体的には絶縁フイルム上に部品を装着することは全く考慮されていない。そして、ジャンパケーブルの絶縁フイルムは、導体を外部と完全に絶縁すべく被覆することを要するものである。これに対し、第3引用例発明でベースフイルム上の回路パターンをスクリーン印刷でパターンコーティングしている理由は、部品を装着するランドを塗装することなくコーティングするためのものである。

したがって、導体をフイルムで完全に被覆してあって、両端子間の絶縁フイルム上に部品を装着することが考慮されていない第1引用例発明のジャンパケーブルの製造に当たって、塗装しない箇所すなわちランドを残すべく採用されている第3引用例発明のコーティング技術を採用して導体パターンを被覆することは、到底容易に考えられる事項であるとはいえない。

まして、第1引用例発明のジャンパケーブルの両面フイルムは、第2、第3引用例発明のベースフイルムとカバーレイに相当するものであるから、本願発明のようにベースフイルムを使用することなく回路パターンの表裏両面をパターンコートによって直接被着された塗膜層で保持被覆することは、到底容易に考えられる事項であるとはいえない。

以上のとおりであるから、第1引用例発明のフレキシブル配線板に公知のパターンコーティング技術を利用してパターンコートによるポリイミド系樹脂塗膜を形成することは容易であるとした審決の判断は誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告ら主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

「配線」とは、電気機械や電子機器の各部分を電線あるいは導線で連絡すること、又はその電線あるいは導線を意味するものであり、「配線」を施設した板状物が「配線板」であるから、その板状物がフレキシブル(屈曲性あるいは可撓性)であれば「フレキシブル配線板」であることは当業者に明らかである(乙第1~第4号証)。

原告らは、フレキシブル配線板(FC)とは、柔軟な絶縁基板(ベースフイルム)上に回路パターンが形成され、その表面にカバーレイで被覆して構成されているものをいう旨主張するが、この定義は、フレキシブルプリント配線板(FPC)に関するものであって、フレキシブル配線板(FC)に関するものではない。

また、原告らは、本願発明のフレキシブル配線板では、両面に必要とする搭載部品を装着可能とする部位(ランド)が設けられ、かつ表裏両面を直接被着された塗膜層で保持被覆されているため、絶縁フイルム(ベースフイルム)が存在しない旨主張するが、本願発明の要旨には、搭載部品を装着可能な部位(ランド)及び絶縁フイルム(ベースフイルム)の有無に関する規定がされていない以上、原告らの主張は理由がない。

したがって、第1引用例発明のジャンパケーブルが本願発明のフレキシブル配線板に相当するとした審決の認定に誤りはない。

2  取消事由2について

(1)  第1引用例の「流し込み」に関する記載を含む「フイルム42、44は・・・接着されるか、又はフイルム42、44の一方又は両方が既知の流し込みにより導線上に形成される」との記載は、導線とフイルムの接合のための手段に関するものであって、上記の「流し込み」に関する記載は、「導線上に形成される」という点からみて、その接合がフイルムすなわち固体被覆層の形成とともに一体不可分にされることを示しており、接合と無関係なフイルムそのものの単なる形成手段を説明したものでも、また、導体の表裏ともにあらかじめ形成されたフイルムを積層するものでもないことは明らかであるから、原告らの主張は失当である。

(2)  本願明細書(甲第2号証の1及び3)の実施例の記載内容からみて、本願発明でいう「パターンコート」とは、要するに、必要部分すなわち被覆対象部分に、例えばスクリーン印刷法等で液体状物を塗布して、固体被覆層の形成とそれの必要部分への接合をともに一体不可分に行うことを意味しているものと認められる。

第1引用例発明の絶縁フイルムは、端子端を除いた導線部分の表裏に既知の流し込みにより被覆されるもの、すなわち、必要部分の表裏に被覆されるものであって、ジャンパケーブルを完全に被覆するものではない。

また、第3引用例発明は、外部リードの端子部と電子部品を接続する接続部(ランド)を除いた他部全部にポリアミドイミド等をスクリーン印刷法で塗布して被覆層を形成するものであって(審決書5頁6~12行)、被覆対象はやはり必要部分であるから、被覆方法は本願発明と同様にパターンコートによって直接被着するものである。

さらに、第1引用例には、表面及び裏面の絶縁フイルムが、ベースフイルムとカバーレイのような異なる関係であらねばならないことを示唆する記載は見当たらず、第1引用例の「フイルム42、44」の記載から明らかなように構造上も同等のものと認められるから、原告らの主張は根拠がない。

以上のとおりであるから、第1引用例発明のジャンパケーブルというフレキシブル配線板において、同等の構造と機能を有するポリイミド系樹脂塗膜層を端子端を除く配線パターンの表裏両面に被覆するに当たり、第3引用例に示すようなポリイミド系樹脂のパターンコート技術を利用することは、当業者が容易に想到しうるものと認められるとした審決の判断に誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1について

本願出願前の刊行物である実開昭56-70679号公報(乙第2号証)の「本考案はフレキシブルな印刷配線板やジャンパーケーブルとして利用されるフレキシブル配線板に関するものである」(同号証明細書1頁16~18行)との記載、同じく特開昭59-201374号公報(乙第4号証)の「本発明は帯状フレキシブル配線板よりなる接続ケーブルに関するものである」(同号証1欄11~12行)との記載、同じく実開昭60-33712号公報(乙第3号証)の「本考案は、フレキシブル配線板によるコイル状ケーブルに関する」(同号証明細書1頁16~17行)との記載、同じく実公昭60-23853号公報(乙第1号証)の「従来、ジヤンパーケーブルとしては、(1)2枚のプラスチツクフイルム間に複数個の丸形導線を平行にそれぞれ一定の間隔を持つて並ベフイルムを圧着したもの、(2)上記従来例(1)においてプラスチツクフイルムにはさまれた部分の導線の断面を長方形状にしフイルムから突出した導線の両端子を丸形のままにし印刷配線板の挿入孔への挿入を容易にしたもの、(3)2枚のプラスチツクフイルム間に一定の幅の銅箔を平行にそれぞれ一定の間隙を持って並べたもの、(4)フレキシブル印刷配線をジヤンパーケーブルとして用いたもの等がある」(同号証2欄10~20行)との記載に照らすと、ジャンパケーブルがフレキシブル配線板の用途の一つであることは、本願出願前、当業者に周知の事項であったことが明らかである。

そして、ジャンパケーブルにあっては、両端の端子部の中間部に電気部品を装着しないものであるから、このように導体の両端部以外の中間部に電気部品を装着しないものであっても、柔軟な絶縁基板に配線が施設された配線板は、これをフレキシブル配線板ということも、当業者に周知の事項であったと認められる。

したがって、第1引用例発明のジャンパケーブルを本願発明のフレキシブル配線板に相当するとした審決の認定に誤りはない。

原告らは、本願発明のフレキシブル配線板では、両面に必要とする搭載部品を装着することが可能な部位(ランド)が設けられている点で、配線板を相互に接続するにすぎないジャンパケーブルとは異なる旨主張するが、本願発明の要旨には、このような部位(ランド)の存在を必須の構成とする旨の限定はなく、かえって、本願発明は、その要旨の示すとおり、「単層の金属導体層から形成され少なくとも一端部には電気的接続のための端子部を有する配線パターンを有」すれば足り、第1引用例発明が、このような配線パターンを有するものであることは、原告らも認めるところであるから、原告らの上記主張は、本願発明の要旨に基づかない主張であって、およそ理由がない。

原告らはまた、本願発明は、回路パターンを構成する金属導体層の表裏両面をポリイミド系樹脂によって直接被覆したため、ベースフイルムが存在しないという特徴があるとの点をもって、審決の一致点の認定の誤りの理由として主張するが、本願発明は、その要旨に示すとおり、「配線パターンはその表裏両面をそれぞれの端子部の部分を除いてポリイミド系樹脂層で保持被覆されている」ものであり、第1引用例発明のジャンパケーブルが、審決認定のとおり、「導線パターンとなる金属導線(22)が単層の端子端(26、28)と中央部(24)からなり、端子端(26、28)を除いた中央部(24)は表裏両面がポリイミドのフイルム(42、44)で被覆され、導線(22)が保持されており」(審決書5頁19行~6頁4行)との構成を有し、したがって、両者が、「配線パターンはその表裏両面をそれぞれの端子部の部分を除いてポリイミド系樹脂層で保持・・・されている」点で一致するものであることは、原告らも認めている点であるから、上記の点を審決の一致点の認定の誤りの理由として挙げる原告らの主張は、失当というほかはない。

原告ら主張の取消事由1は理由がない。

2  取消事由2について

原告らは、第1引用例には、ポリイミド系樹脂塗膜層を「流し込み」により導線上に形成することは開示されていないとして詳細に主張するが、審決が、本願発明と第1引用例発明との相違点として、「本願発明は、配線パターンはパターンコートによって直接被着された塗膜層であるのに対して、引用例記載のものは流し込みである点で相違しているものと認められる」と述べたのは、要は、本願発明における配線パターンがパターンコートによって直接被着された塗膜層である点が、第1引用例には記載されていないとの趣旨であることは、審決が、上記認定に続く相違点の検討において、第1引用例記載のものが流し込みである点を、その判断の根拠として何ら挙げていない(審決書7頁4~19行)ことから、明らかである。

したがって、原告らの上記主張は、審決のした相違点の判断の誤りをいう理由にはならないものであり、採用に値しない。

そして、審決認定のとおり、「フレキシブルな印刷配線板において、耐熱性を向上させるため、接着剤を用いることなしにポリイミド系樹脂をパターンに塗って塗膜を形成被着させることは第2引用例で公知であり、また、端子部以外の部分に塗膜を形成する手段としてスクリーン印刷のようなパターンコーテイングは第3引用例にみられるように公知の技術である」(審決書7頁5~11行)ことは、原告らも認めるところであり、この公知の技術を、第1引用例発明のフレキシブル配線板において、端子部を除く中央部にポリイミド系樹脂を被覆するのに適用して、本願発明のパターンコートによるポリイミド系樹脂塗膜を形成することは、当業者が容易に想到しうるものと認められ、これに特段の困難があるとは認められない。

したがって、これと同旨の審決の判断に誤りはない。

原告らは、第2、第3引用例には、本願発明のような、ベースフイルムを用いることなく表裏両面に部品を装着できるようにしたフレキシブル配線板は記載されていないこと、また、第1引用例発明のジャンパケーブルは、両端の端子部の中間、具体的には絶縁フイルム上に部品を装着することは考慮されていないことを理由に、第1引用例発明に第2、第3引用例の塗膜形成手段を適用することは容易に想到できない旨主張する。

しかし、前示のとおり、本願発明は、その要旨の示すとおり、「配線パターンはその表裏両面をそれぞれの端子部の部分を除いてポリイミド系樹脂層で保持被覆されている」ものであり、第1引用例発明も、「配線パターンはその表裏両面をそれぞれの端子部の部分を除いてポリイミド系樹脂層で保持・・・されている」ものであって、この配線パターンの表裏両面を保持被覆しているポリイミド系樹脂層が、第2、第3引用例のベースフイルム及びカバーに相当するものであることは明らかであり、また、本願発明は、その要旨の示すとおり、「単層の金属導体層から形成され少なくとも一端部には電気的接続のための端子部を有する配線パターンを有」すれば足り、第1引用例発明が、このような配線パターンを有するものであることは、前示のとおり、原告らも認めるところであるから、原告らの上記主張は、本願発明の要旨に基づかないものであって、前提において既に誤りであり、到底採用できない。

原告ら主張の取消事由2も理由がない。

3  以上のとおりであるから、原告ら主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告らの請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)

平成4年審判第7008号

審決

大阪府大阪市北区堂島浜1丁目2番6号

請求人 旭化成工業 株式会社

高知県吾川郡春野町弘岡上648番地

請求人 ニッポン高度紙工業 株式会社

東京都港区赤坂5丁目1番31号 第6セイコービル3階

代理人弁理士 谷義一

昭和60年特許願第203551号「フレキシブル配線板」拒絶査定に対する審判事件(平成2年12月14日出願公告、特公平2-60233)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

1 経緯

本願は、昭和60年9月17日に出願されたものであって、原審において出願公告(特公平2-60233号公報)されたところ、日立化成工業株式会社ほか3名から特許異議の申立があり、日立化成工業株式会社の特許異議の申立は理由があるものと決定され、この決定に記載された理由により拒絶されたものである。

2 本願発明の要旨

本願発明の要旨は、出願公告後の平成3年11月11日及び平成4年5月28日付け手続補正書で補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載されたとおりの、

「単層の金属導体層から形成され少なくとも一端部には電気的接続のための端子部を有する配線パターンを有し、該配線パターンはその表裏両面をそれぞれの端子部の部分を除いてパターンコートによって直接被着されたポリイミド系樹脂塗膜層で保持被覆されたいることを特徴とするフレキシブル配線板」

にあるものと認める。

3 引用例

拒絶の理由となった前記特許異議の決定で引用された特開昭52-156395号公報(以下「第1引用例」という。なお、特許異議の決定中では、「52」を「53」と誤記しているが、検討されている内容は甲第1号証として提示された前記公報に基づいていることが明らかであり、また、出願人である請求人も甲第1号証である前記公報に基づいて意見を述べているので、このように認定した。)、特開昭49-51559号公報(以下、「第2引用例」という。)及び特公昭46-39808号公報(以下「第3引用例」という。)にはその記載から、次の事項が示されているものと認められる。

〔第1引用例〕

ジヤンパケーブルに含まれる金属導線22は堅牢な端子端26、28間に延びる柔軟な中央部24を有し、導線22の中央部24は、第1及び第2の誘電縁フイルム42、44間にはさみ込まれて保持され、フイルム42、44はポリイミドからなり、フイルム42、44は、接着剤により接着するか、又はそれらの一方又は両方が既知の流し込みにより導線上に形成される(公報4頁左上欄8行-左下欄16行、第1図~第10図及びその説明参照)。

〔第2引用例〕

〈1〉 導電部と絶縁基板の層間に存在する接着剤を使用することなく、絶縁墓板用樹脂として耐熱性および接着性を兼ね備えた耐熱性高分子を金属上に接着することにより所期の性能を有すると同時にフレキシブルな印刷配線板を作成するべ鋭意検討した結果ここに本発明に到達した(公報2頁左上欄17行-右上欄3行参照)。

〈2〉 プリント配線基板用樹脂として、耐熱性、機械特性(特に耐屈曲性、可撓性)に優れ、かつ援着剤を使用することなく直接金属板に接着できるものが本発明の特定芳香族ポリアミドィミドである(公報2頁左下欄13行-17行参照)。

〈3〉 金属板表面に樹脂を被覆する方法として、スプレー法や刷毛塗り法によっても可能である(公報4頁左上欄1行-14行参照)。

〔第3引用例〕

〈1〉 絶縁シート1の回路配線3及び外部リード4が形成せる一面1a上において、外部リード4の端子部4aと回路配線3の電子部品を接続する接続部3aとを除いた他部全面にたとえばポリアミドイミド等のワニスをスクリーン印刷を以つて被着形成して保護層7を形成する(公報2欄21行-26行、第1図C、C’参照)。

4 対比

本願発明と第1引用例記載のものとを比較する。

〈1〉 第1引用例記載のものは、ジヤンパケープルに関するもので、これはフレキシブル配線板であるから、本願発明と共通している。

〈2〉 第1引用例記載のジヤンパケープルは、導線パターンとなる金属導線(22)が単層の端子端(26、28)と中央部(24)からなり、端子端(26、28)を除いた中央部(24)は表裏両面がポリイミドのフイルム(42、44)で被覆され、導線(22)が保持されており、前記フイルム(42、44)は流し込みにより導線(22)上に形成されるものであり、第1引用例記載の「金属導線」、「端子端」及び「ポリイミド」は、それぞれ本願発明の「金属導体層」、「端子部」及び「ポリィミド系樹脂」に相当することは明らかである。

前記〈1〉及び〈2〉から、本願発明と第1引用例記載のものとは、

「単層の金属導体層から形成され少なくとも一端部には電気的接続のための端子部を有する配線パターンを有し、該配線パターンはその表裏両面をそれぞれの端子部の部分を除いてポリイミド系樹脂層で保持被覆されているフレキシブル配線板」である点で一致しているものと認められる。

しかしながら、本願発明は、配線パターンはパターンコートによって直接被着された塗膜層であるのに対して、引用例記載のものは流し込みである点で相達しているものと認められる。

5 相達点の検討

フレキシブルな印刷配線板において、耐熱性を向上させるため、接着剤を用いることなしにポリイミド系樹脂をパターンに塗って塗膜を形成被着させることは第2引用例で公知であり、また、端子部以外の部分に塗膜を形成する手段としてスクリーン印刷のようなパターンコーテイングは第3引用例にみられるように公知の技術であるから、第1引用例記載のフレキシブル配線板において、配線パターンの端子部を除く中央部にポリイミド系樹脂を被覆するにあたり、前記公知のパターンコーテイング技術を利用してパターンコートによるポリイミド系樹脂塗膜を形成することは当業者が容易に想到しうるものと認められる。また、明細書の記載からはパターンコートによる格別の作用は認められない。

6 本願発明の効果

本願発明の効果は、絶縁層にポリイミド系樹脂を用いることによる効果については第2引用例に記載されている接着剤を使用しないこと及び絶縁基板に耐熱性のポリイミド系樹脂を用いることによる効果から、また、端子を露出させることによる効果については端子部を露出させた周知のフレキシブル配線板が有する効果から予測しうる範囲のものであるので、格別のものと認められない。

7 結論

以上のことから、本願発明は、各引用例記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成5年9月2日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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